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芝浦町内血風録第二話

5:00pmにママへの贈り物を手提げて家を出た。

風、強く吹くが、南からなので寒さは酷くはない。

歩いて、色のない辺鄙な道路を五分ほどで、店に到着。

炭酸入りのマッコリをボトルで一本頼んだ。

キムチも頼んだ。

友人から頼まれた五人分の席を確保した。

そうそう花束を抱え友人が家族とやってきた。

奥さんと二歳の娘。

大阪からきた若い息子夫婦と男の子ふたり、二、三歳か。

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みんなでテーブルにつきホルモン、ハラミを大皿で頼む。

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はしゃぎながら全員で肉を食らっている最中、

男の子のひとりが、

グッグッグッと声をもらし、

白い泡を吹き出し、目を剥いている。

ギョ!ギョ!ギョ!!

「どした?」

「犬!」

「犬アレルギーなんだ!」と友人の顔に苦渋がひろがる。

店内に犬はいないが、友人宅は子犬を室内で飼っているので、

その犬の匂いを、その場に運んできていたか?

はるみの常連犬であるトーラスの匂いが店内にしみていたのか?

泡吹く孫のことを心配し、来たばかりなのに、

友人は早々に一族郎党で品川方面に去って行った。


子供といえば、近所の加葉のひとり息子の悠大は

いま六、七歳だが、よくはるみにハラミを食べにきていた。

ある日、はるみがなくなるよとママが言うと、

悠大は「それは、よくない」とハッキリと、

意見を口にしたという。

子供にも、それはわかることだった。

芝浦はいま新興の高層マンション住宅地として、急激に住人が増えている。

主たる新住人は若い家族だ。

だから、立派な作りの大きな小学校が、はるみの近所に開設され、

悠大は通学している。

すでにマッコリ、一本、ひとりで空にしていた。

二本目を頼む。


そろそろ、常連客が顔を見せはじめる。

倉庫会社の主任の佐々木さんがやってくる。

まだ「社会の窓」はあいてない。

今夜はたくさんの常連客が押し寄せ、店から溢れ出すだろう。

と、客の山本くんが気を利かせ、外に仮説テントを設営している。

誰かに言われたわけではないのに、気を利かせ、働いている。

彼はラインを駆使し、

必要なビニール・シートやテープの購入を呼びかけている。

横田基地に行ってきた帰りというご意見番のテラさん。

娘の直ちゃんが手押す車椅子に乗り、勝新クリソツの

長老格の知蔵さん。

賢犬トーラスと女医のサッチャンがいつの間にかいる。

秘密諜報員にしてラインによるはるみ連絡網の

発起人のエリちゃんも現れる。

マキシムのチョコをパリ旅行土産で買ってきてくれた大塚夫妻、

河豚職人夫妻、

女性ジャズ・ボーカリスト・・・見知った顔。

いずれもはるみとママを心から愛した人たち。

近所の加葉がマンションの新年会を終え駆けつける。

年齢、性別、仕事、境遇の違いを超えて共感しあえる人たちが集い、

夜を享楽した芝浦高浜橋のはるみ。

2015年1月24日を最後に幕を下ろす。


すでに外の仮説テントも客で埋まる。

闇の中、青く光るテントは、

いつか中央アジアのオアシスで見た遊牧民たちの市を偲ばせる。

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わざわざ噂を聞き大阪からやって来た

某グルメ評論家が「日本一!」太鼓判を押したホルモンや

病みつきハラミを食らう者、焼酎を飲む者、語る者、

じょじょにコンロの煙に炙られて

熱気がこもってくる。

最後の夜の歓楽と惜別の感情をひとつに、

夜の海に酔いどれ船は出港した。


テント小屋に空席を見つけ、サッと移る。

初顔の男性との対話がはじまる。

第一印象、右翼の行動隊長のような彼とは、

はじめエレキ・ギタリストを話題にした。

彼は、「意外だけど」と前振りして、

「高中とかいるけどさ、俺はヨッチャンがいい」

「CHARは、どう?」と訊く。

「PINKCLOUDまでだよ。BOWWOWの山本もいい」

「オールマン・ブラザース、知ってますか?」

「知らない」

目の前の電気プレートは客が用意した。

足元のストーブも、客が用意した。

はるみでは、客が自主的に楽しむムードが濃厚だった。

客たちにエゴはなく、みんな自然に親しくなる。

名も、仕事も、住処も知らず、

その時、その場の、ノリ!


和を乱し声高に喋る者がいれば、長老に「うるせえ!」と一喝される。

シモネタで気をひこうとする野郎は「バーカ」と無視される。

「俺が、オレが、おれが!」という空気の奴は足すくわれて馬鹿をみる。


いつも帰り道がわからぬほど泥酔してる佐々木さんは、

翌朝は会社に時間通り出勤し朝礼の任をつとめていたりする。

で、あるとき、ガンになった坂本龍一のことをママと話していると、

「坂本にうちの倉庫、貸してたんだ」と言う。

ウォーター・フロントの倉庫だ。

いっとき、芝浦の倉庫街はニューヨークを模して、

クラブやライブハウス、シアター、

バー&レストランの類が乱立したが、

ジュリアナ・フィーバーを最後に流行前線から退却した。


東北生まれの佐々木さんは月が好きで、

満月の夜は、

はるみの外に出した椅子に腰掛けて、

ふたりで高層ビルの陰から月が顔を出すのを待っていた。

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月が高く登っていくと、

ササキさんはヨロヨロと椅子から立ち上がり、

まるでETのように遠くの満月へ向かって歩いてく。

「ほら、あそこだ!」

と、ドブ川に架かる高浜橋の真ん中でササキさんは叫んでる、

ロマンチックな酔っ払いなんだ。

沖仲士上がりの佐々木さんは、今年のいつか65歳になり、

仕事を退職する。


佐々木さんの会社も、近々、再開発でなくなるという。

最近、仕事で、豊洲方面に行くが、

ガラス仕様のどれも似たような高層ビルが乱立し、

香港みたくなっている。

じつに安っぼいガラスの街に様変わりしていく。


「高度経済成長」以来の

ナンセンスな「グローバリズム」に

日本は凌辱されていき、

経済はますます人間生活を不毛にしていく。

本来、経済の経はお経の経、

経済の済は救済の済だ。

倫理的な面があった。

いま経済は悪質な新興宗教のようだ。


「横須賀線の始発でね、北鎌倉に行ってね、

誰もいない静かな建長寺の境内にコッソリ入ってね、

思索すんのがいいよ」と僕が言うと、

「わかります。ぼくは右翼じゃないけど」と右翼の行動隊長のような彼は言う。

「早朝の靖国神社もいいですよ」

彼は40代半ばに見える。

「それは、いいこと、聞いた。今度、早朝、行ってみる」

初顔合わせだった。


ーーみんながまだ寝てるころこそ思索に最高の時間、

みんなが会社に出勤したころには、

もう、肝心な仕事は終え、

ランチ後はもう終業してるよ

ーーと語り合う。


「だいたい、朝昼晩、三度の食事なんて、

キース・リチャードが、

産業革命の時に工場労働者を管理するために、

発明された制度だ、と言ってた。

権力者はやたら制度化し

人間を管理する。

全部、インチキさ!」

と、僕がそこにいた若い客たちに言うと、

若い客たちはローリング・ストーンズも

キースもしらなかった!

行動隊長がバンド名の意味を若い「隊員」たちに説明すると、

「オオーッ!」っと大声をあげた。

「思想を持ったバンドがあるんだよ。U2とか」

彼は話しを継ぐ。

また隊長はーー「参賀ってあるじゃないですか?」と話しはじめる。

「1月2日、皇居で。皇室の人々を拝観する?」

「そうです。今年、ぼくは子供を連れて行ったんです」

「そうですか」

「子供に天皇を見せてあげたいな、と思いまして」

「日の丸も君が代もタブーなんて、絶対、おかしい」

彼は志賀直哉のことを語り出していた。

「その人、国語の教科書に載ってました」

同席している若者が言う。

「志賀直哉は、長編は『暗夜行路』ともう一作しか書いてないのに、

文豪になった。

流行歌手みたいに、絶えず、長編のヒット作を

量産しなければなんない、いまの作家は奴隷だね」

僕は言う。

話しは尽きない。


政治の話は飲み屋ではタブーだ。

野暮だ。

しかし、たまに、酔いがまわり口が滑って

はるみで政治談義になることもある。

先日、いかに戊辰戦争が虚仮であったか、

その仕組みを他の客に話してると、

隣のオヤジが、

「何を今更、言ってんだ!! そんな言うなら、お前は、

何か行動したのか!」

と恫喝するではないか。

さては、長州藩だったか。


めんどくせえ!!


別に俺は会津出身ではないが、もし、

あの時代に行けたら、

官軍の持ってたロケット形大砲弾を上回るミサイルを持って参戦し

薩長の虫けらどもを殲滅するぞ、

この、くそオヤジ!


そんな一夜もあった!

オヤジは顔を真っ赤にして怒ってたな。

あれは、真剣だったな。

くだらねえ!


はるみでは、よく喧嘩があった。

小柄なママは「あんたたち、やめなさいよ!」と叫んでいた。

喧嘩しても、それを根に持つ客はいなかった。

忘年会にヤクザみたいな連中が紛れ込んできた。

有名な監督や役者の一族の子孫を騙る男が

虎の威をさらした。

仲間のシャブ中らしきチンビラが

いきなりママに因縁ふっかけ、でも、

常連客数人が奴らを叩き出した。

武闘した常連客の中には80歳のマルさんもいた。


はるみ近くのシティ・ホテルの宴会場を借りて、

はるみ主催のディナーショーも開催した。

ステージに立ったのは元ムード歌謡の人気歌手の逢川さん。

常連客だ。

ディナーショーでは全員が目一杯ドレスアップしてやってきて、

最後にはぜんいん大ダンス・パーティーになった。

不思議とのりがいい。

まるで、映画の撮影でもしてるかのような。

はるみは以前、伊丹十三『タンポポ』のロケ地になった。


逢ちゃんはブランドのスーツをクールに着こなし、

ある日、菊池武夫さんのとこのナンバー2のスーさんが

はるみにきたとき、スーツを着た逢ちゃんがいて、

紹介すると、スーさんは逢ちゃんのスーツの着こなしに感動していた。

「パンツは、履かない」

と逢ちゃん。

そんなこと指南するファッション雑誌なんて、あるか!


人は増え続ける。入り乱れていく。

知蔵さんは特等席で、隣の女性の手を握って、嬉しそう。

長老は隣に女性がいないと、不機嫌な顔になる。

知蔵さんは僕が物書きだと知ると

「本、読みたい」というので、

「あげます」といいながら、忘れてると、

「本、どした?」と責められ、

やはり、言ったことはちゃんと守んなきゃいかん、と反省し、

すぐにマジック・マッシュルームのことについて書いた

本を送りました。

しばらくのち、はるみに行くと、

知蔵さんが直ちゃんといて、

「ほら、おとーさん、モリナガさんに本のお礼、言わなきゃ」

とそくされると、

知蔵さんは、

僕の方を指差し、

「あー、本!」

と大声で、一言!

省略しすぎ。

餅も送った。


台湾のムービー・スターのチャン・チェンも、

いまや『ストリート・ファイター』に出演している

沖縄出身のムービー・スター尚玄もはるみに案内した。

かれらははるみの大ファンだった。


テントから店内の席に戻った。

常連客の某氏ととなり合わせた。

名を知らない。

仕事は最高裁裁判官だと聞いた。

「いつも、顔合わせてたのに、はじめて、会話しますね」

と某氏に言われ、確かに、はじめてだ。

彼は、僕の仕事を知っていた。

政治談義はタブーだとわかりながら

やがて世界をおおうだろうテロの話しになり、

「1914年に第一次世界大戦が起こった。いま、100年目、テロの衝撃は、第三次

大戦への引き金に思える」

と僕が言うと、某氏は

「今度の東京オリンピックに向かって、テロ対策が強化され、まるで、戦前のようになってきますよ」

「軍事化してくでしょうね」

「この間の桑田佳祐謝罪騒動もひどいものです。この国に憲法21条で保証されてる自由がないということですよ」

「これから芸能人は何も言えなくなる。怖くて言えないね」

「テロも、オウムより過激なカルト集団が潜伏していて、いつ、奴らが行動に出るかわからないとこまできた」

「そんな、過激な集団、いるんですか?」と僕は訊く。

「います。警察はすでに把握してる」

それから、はるみに立ち退きを命じる東京都はやり方が汚いと某氏はいい、

と政治談義はつづく。

某氏との対話はスリリングだ。

某氏は、沖仲士作家のホッファーが言うような

「不毛で見栄っ張りで役立たず」の知識人じゃない。

知識人など、はるみじゃ、通用しないだろう。


同じ業界の人たちが集まる文壇バーとかあるけど、

自分は、そういう店は仕事の延長みたいで嫌いだ。

以前、六本木の某有名業界バーに堀内誠一さんと行くと、

大テーブルに有名カメラマン、イラストレーター、

デザイナーたちが集っていて、

「堀内サーン」とみんなに呼ばれたが、

堀内さんは大テーブルに行かず、奥の席に逃げこみ、

着席するなり、

「あんな風に群れたらお終いだよ、森永君」と、諭された。

新宿や四谷あたりの文壇バーで飲んでいる業界人は苦手だ。

客の業種が違えば違うほど、じつは高等だ。

下町によくある地元客でかたまった酒場も村みたいで嫌いだ。

はるみは、東京で一番、自由だった。

取材も断ってきた。

右も左も、上も下も、混じり合い、

最高級の肉を定食値段で提供した。

酒の持ち込みも許された。

防音もしてないのに逢ちゃんがカラオケ・システム運びこみ、

歌合戦になったという。


時は非情だ。

ラストナイトの酒盛りは零時をまわり、

一気にピークに向かう!

ママに感謝の花束が贈られ、

15年皆勤し、冗談だろうが「一億使った」佐々木さんは

ママと並び、遂に嗚咽する。

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花に嵐のたとえもあるさ、

さよならだけが人生さ。


また、いつか、

この町で、

みんなと会う日もあるだろう。

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【つづく】