森永博志のオフィシャルサイト

www.morinaga-hiroshi.com

プロフィール★森永博志 (もりなが ひろし)

何年も石垣に暮らしていたMさんが、東京に戻って来た。六本木の珈琲屋で会い、彼女が実体験した島暮らしの実情を聞いた。

観光客にとっての島と、島民にとっての島は、当然違う。彼女は、その中間ぐらいで、島を見ている。いつしか話しは、尖閣諸島に及ぶ。世を騒がす領土問題だ。しかし、彼女は言う。

「島の人は、誰れひとり、尖閣のことなんか、気にもしてないし話題にもしてません。なんで、本土のマスコミがいつもあんなに大騒ぎしてるのか、わたしもおかしいと思います。じつは前から中国船と海上保安庁の巡視船は仲良かったっていうし。深刻なのは台湾の漁船です。島の漁場が荒らされて、漁業での打撃は大変みたいです。そっちを問題にしたほうがいい」

「ほんとだね。島にいると、マスコミの報道と現実とのギャップに、びっくりするね。尖閣で大騒ぎしてるとき、尖閣諸島の近くの石垣なんか中国人の旅行者が平和に遊んでるもんな」

「マスコミ、絶対、おかしい」

311以降マスコミの怪しさに普通の人たちも気づいてきた。

それは、ひとつにオルタナティブなメディアとしてのSNSの影響力が大きい。極端な話、メディアが暴こうとしない権力者の不正でさえ、ひとつのツイッターに端を発し、世論へと発展し、失脚に追いやるケースも、いまや珍しくはない。


マスコミの報道に、ぼくが決定的に不信感をおぼえた体験があった。

今回は、その話をしよう。

時は、1990年、マスコミは連日、「ソ連崩壊」を報じていた。テレビには、20世紀初頭からの、世界を革命に導いた社会主義体制崩壊直後の「悲惨」なモスクワ市内の映像が朝から晩まで流れていた。

目にするニュース映像は、連日ほとんど同じ。食料危機で路頭に迷うモスクワ市民たち。寒風の中、食料品店の前に行列をつくる人々。カメラは何ひとつ食料のない店内を映し出す。このままいったらモスクワは飢餓で滅びる、といった深刻極まる報道だった。


その報道を見たとき、なぜだが、この大事件の真相を無性に知りたくなった。それは20世紀史における、突拍子もない事件だ。世紀を二分したイデオロギーの片方の終焉。世界は今後すべて、まあ、北朝鮮を別にして、資本主義経済にのみこまれていくのだろうが、その終焉がどんなものか、この目で見ておきたい、と、そのとき切望する自分がいた。

そのころ、ぼくはトラベル・マガジン『ガリバー』の仕事をしていたので、モスクワ取材を提案した。

しかも、ひとりで行く。写真も撮る。現地でのコーディネーターもなし。すべて、ひとりで、食料危機に陥ってる深刻なモスクワを取材する。

企画としては異常だ。だってさ、『ガリバー』は、どちらかというと観光情報を提供するトラベル・マガジンだったんですから、そんな、深刻な都市に行く旅行者なんているわけないよ。なのに、企画が通った!

このひとり旅は、緊張した!

旅先の情報は、深刻なニュース以外ない。何やら、イミグレーションを管轄していたKGBも解体し、空港も混乱をきたしている、と聞く。それでも、観光旅行は可能だが、むろんツアーなどない。ひとり分の航空チケット、現地のホテルをツーリストに手配してもらった。まだ、ツーリストは国営だった。真冬の旅だった。さぞ、モスクワは、寒かろう。思っただけで、身震いした。

行きのエアロ・フロートに日本人はひとりもいなかった。おおかたは祖国の一大事に帰国するロシア人だった。モスクワ空港。イミグレーションで、パスポートとマルボロを三箱だしたら、何の審査もなく、入国スタンプをバン!

入国すると、ロビーで高らかに、ぼくの名を叫ぶ夫人がいて、彼女がツーリストの係員だっだ。連れていかれたシティ・ホテルにチェック・インし部屋に入ると、すぐにホテルの女性服務員がキャビアとウォッカを売りにきたので買った。横流しっぽかった。

翌朝、零下20度の街に取材に出た。すぐに行列を見つけたが、そこは31アイスクリーム屋だった。また行列を見つけた。そこは『ターミネーター』上映館だった。試しに食料品専門のスーパーにはいったら、普通に食料はあった。おかしい。数日前の、日本の報道は食料品は店からいっさい消えたと、報じていた。

白タクに乗ると、ドライバーはモスクワ大学在籍中のロシア人の若者で、英語を喋れた。食料危機の話しをすると、「そんなのはウソだ」、彼はその理由をいう。モスクワ市民の70パーセントは郊外に家庭菜園をもっていて、食料に困るなんてことはない。みんなが欲しいのはマクドナルド、リーバイスといったアメリカ製品だ。それを買うために行列をつくっている。


と彼がいう通り、どこにも、日本の報道が騒ぐような深刻なモスクワはなかった。クレムリンのなかでは、兵隊たちがロック・コンサートを開催していた。早くもアメリカ文化は上陸していた。モスクワ空港内にはリーバイスのショップもあった。


その後、モスクワが飢餓で深刻の状態などにはなってはいないし、民族問題を抱えながらも、経済的には発展を遂げていく。だから、やはり、あのときの報道は、どう考えてもおかしい。ニュース映像そのものを偽造していたとしか思えない。

モスクワで、行列をつくっていたのは、スーパーマーケットの前ではなく、31アイスクリーム、マック、『ターミネーター』を上映している映画館の前だった。

そんなニュースはどこにもでていなかった。

ニュースは現実とまったく関係なかった。ニュースの陰で、いったい、誰が何を図ってるのかな。


ロシアは我々が想う以上に、いまも帝国だ。帝国は侵略する。

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